ないしょペン

書いた宛名の人にだけ見える不思議なペンないしょペンは、秘密のメッセージをこっそり書くことができるひみつ道具です。コミック14巻のエピソードに登場し、のび太がしずかちゃんとのハイキングの約束を取り付けようとするくだりで活躍します。

しずかちゃんと手紙交換

しずかちゃんとハイキングに行く約束を取り付けたいのび太。ドラえもんから借りたないしょペンを使って手紙にメッセージを書きます。しずかちゃんに手紙を届ける役目をなぜかジャイアンとスネ夫に頼むのですが、こっそり開いた手紙は白紙でした。

のび太の手紙を読んでしまうジャイアンとスネ夫
当然のように手紙を盗み見る2人

ドラえもん14巻「ないしょペン」P58:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

実はこれ、ないしょペンで書いた宛名の人にしか読めないという不思議な効果があったのです。手紙を受け取ったしずかちゃんはあらかじめドラえもんからもらっておいたないしょペンを使ってのび太に返事を書くのですが、やっぱりジャイアンとスネ夫には見えません。手紙の内容が見えずイライラする2人。調子に乗ったのび太はないしょペンでジャイアンとスネ夫の悪口を壁に書いてドラえもんとだけ笑っていたのですが、途中でインクが切れてしまい、慌てて逃げ出したのび太なのでした。

ないしょペンの悪口がバレて逃げ出すのび太
これはタイミングが悪かったとしか言いようがない

ドラえもん14巻「ないしょペン」P60:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

インクが切れた瞬間に書いた内容がジャイアンたちに見えてしまったということで、のび太らしい痛快なオチになっています。せっかく良い道具を使っているのに、最後は自分の軽率な行動で台無しにしてしまうのがいかにものび太らしいところです。しずかちゃんへの手紙という目的では完璧に機能したのに、その後の余計な行動が全てを台無しにしてしまうというのは、道具の問題ではなく使い手の問題です。この対比がエピソードの面白さを作っています。

ないしょペンのエピソードで興味深いのは、のび太がしずかちゃんとの手紙交換のためという善意の用途でこの道具を使い始め、それが成功したにもかかわらず、最後には悪口を書くという使い方に転用してしまったという点です。道具自体に問題はなく、使う人間の判断の問題であるということを、このエピソードはさらっと描いています。

どうやって人を区別しているか不明

書いた宛名の人にしか見えない文字というのは非常に画期的なアイディアである一方、ないしょペンはどうやって宛名の人を区別しているのでしょうか。コミックでは、しずかちゃんやジャイアンとスネ夫という具合に、いつもの呼び名が宛先として書かれています。ペンはこれでもその人を認識しているようですが、これが例えば同姓同名の人の場合はどうなるのでしょうか。残念ながらコミックでそこまで触れられていませんが、おそらく自分が意図する人にしか見えない都合のいい仕様なのでしょう。

ないしょペンで書いた本人も読める?
本当だろうか?

ドラえもん14巻「ないしょペン」P59:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

しかしこれはおそらく間違いで、書いている本人にもその文字が見えていないとおかしなことになります。自分の文字が見えなければちゃんと文字が書けているかもわかりませんし、どうやって手紙を書くのでしょうか。のび太の説明では書いた宛名の人にしか読めないとなっていますが、書いた本人である自分にも見えるという解釈の方が自然です。この点については、コミックの描写だけでは結論が出ない謎のひとつです。

認識の仕組みという観点から考えると、人探し機が探す対象を何らかの本質的な情報で識別しているのと似た設計思想を感じます。ないしょペンも、単に名前を書いただけで目的の人物を正しく識別できるということは、それなりの個人識別能力を備えていることになります。同姓同名の問題は、使う人が心の中で特定の人物を意図することで解決されているのかもしれません。

インクが切れる恐れあり

のび太のように途中でないしょペンのインクが切れてしまう可能性があります。インクが切れた瞬間に書いた内容が誰にでも見えるようになるという仕様は、ある意味でタイムリミット的な緊張感を生み出しています。秘密にしたい内容を書いておいて、ペンのインクが尽きるまでしか機密を保てないというリスクは、現実の暗号通信でいうところの有効期限切れのようなものです。大事な秘密を書く際には、インクの残量管理が重要になりそうです。

インク残量がどのくらいかを確認する方法があるかどうかもコミックでは触れられていません。のび太が突然インク切れになって慌てていたことを考えると、残量警告機能のようなものはなく、突然切れるという設計なのかもしれません。使い続けるほどリスクが高まるという性質上、重要な内容を書いた後は早めに用件を済ませてしまうのが賢い使い方でしょう。

現代への応用を考える

書いた宛名の人にしか見えないという機能は、現代の暗号技術に近い発想です。特定の受信者だけが解読できる暗号化通信と本質的には同じで、ないしょペンはそれを物理的な文字として実現しているという点で面白い道具です。デジタル通信が当たり前の現代では暗号化メッセージのやりとりは技術で実現されていますが、紙と筆記具で同様の機能を持たせるという発想はアナログながら独創的です。

現代のビジネスシーンで考えると、機密情報を書いた書類が特定の人物にしか読めないというのは非常に実用的な機能です。情報漏洩リスクを根本的に解消できるため、契約書や個人情報を扱う場面での需要は大きいはずです。ただし前述のインク切れ問題が解決されていない限り、重要書類への使用はリスクを伴います。ドラえもんの道具は便利であっても何らかの欠点を持つことが多いですが、ないしょペンのインク切れという欠点はまさにその典型といえます。

探偵・調査系の道具として眺めると、強力においついせき鼻人探し機が相手を追う側の道具であるのに対し、ないしょペンは情報を守る側の道具という点で性質が正反対です。分析機のように情報を明らかにする道具に対してないしょペンはむしろ情報を隠す道具として機能します。秘密を守るという観点ではトレーサーバッジで自分の位置を相手に知らせるのとも逆方向で、ないしょペンはあくまで自分だけが制御する情報伝達手段として設計されています。のび太のように使い方を誤ると痛い目を見ますが、目的を持って適切に運用すれば非常に実用的な道具だといえます。

秘密を守る道具の難しさ

ドラえもんの道具には秘密や個人情報に関わるものが多く登場しますが、ないしょペンはその中でも書く側が秘密を制御するという点で珍しい存在です。多くの場合、ドラえもんの秘密系道具は他人の秘密を暴いたり覗き見たりするものが多いのですが、ないしょペンは逆に自分の情報を守るための道具です。

現代のSNS社会では、個人のメッセージが想定外の人物に見られてしまうというトラブルが後を絶ちません。ないしょペンの機能があれば、そういったトラブルを根本から防ぐことができるわけで、現代の文脈で読み直すと非常に先見性のある道具だと気づきます。コミックが描かれた当時はSNSもデジタル通信も存在しませんでしたが、秘密のメッセージを特定の人だけに届けたいという欲求は人間の普遍的なものであり、藤子先生はそれを道具として形にしました。

ただし、道具の特性と使う人間の判断力が合わさってはじめて真の価値が生まれるというのは、ないしょペンに限らずドラえもんの道具全般に通じることです。のび太のエピソードでは、道具を正しく使えたと思った直後に軽率な行動で失敗するという、のび太らしい結末が待っていました。道具は完璧でも人間は完璧ではないというこのギャップが、ドラえもんの笑いを生み出す源泉のひとつです。ないしょペンのエピソードが今も印象に残るのも、そのギャップが絶妙に描かれているからでしょう。

ないしょペンが持つ可能性を最大限に引き出すためには、使う目的を明確にして、インク残量を意識しながら必要最低限の範囲で使うというのが賢い使い方です。のび太のように調子に乗ってしまうと、余計なことを書き始めてインク切れという最悪のパターンに陥ります。ドラえもんのひみつ道具はどれも節度ある使い方が求められますが、ないしょペンはその教訓が特にストレートに伝わるエピソードを持っています。秘密を守るための道具で自らの秘密を暴露するという皮肉な結末は、ドラえもんの世界ならではの話です。

ないしょペンのエピソードが収録されているコミック14巻は、SOSはっしんきやないしょペンといった探偵・調査・秘密系の道具が集中しています。この巻のエピソードを通じて読むと、情報を操作したり秘密を守ったり、あるいは明らかにしたりという道具のバリエーションが際立ちます。それぞれの道具が異なる方向から情報というテーマにアプローチしており、ないしょペンはその中で情報を隠す側の代表として位置づけられます。藤子先生がこのテーマに対してどれだけ多様な視点からアプローチしていたかが、コミックをよく読んでいる人にはよくわかるはずです。

おすすめの記事