ミサイルつき原子力潜水艦は、玩具でありながら本物の原子力潜水艦並みの強度を持つ、未来のラジコン型ひみつ道具です。子どもの遊びの中に戦争ごっこのむなしさまで入り込む、かなり味わい深い道具です。
スネ夫の戦艦大和に沈められるのび太
登場するのは、コミック14巻のラジコン大海戦です。のび太はお小遣いをため、苦労して船のラジコンを手に入れます。川で進水式をしていると、スネ夫が戦艦大和のラジコンを持って現れます。
スネ夫のラジコンは明らかに大きく、のび太の船を体当たりで沈めてしまいます。さらにスネ夫のいとこであるスネ吉も加わり、飛行機のラジコンで攻撃してきます。骨川一族の遊び方のえげつなさがよく出ている場面です。
明らかに大きさが違う戦艦大和のラジコン ドラえもん14巻「ラジコン大海戦」P161:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
のび太にとっては、ようやく手に入れた大切なラジコンです。それを自慢と力で踏みにじられるわけですから、悔しさはかなり大きいはずです。ドラえもんが堪忍袋の緒を切らすのも無理はありません。
玩具の域を超えた潜水艦
ドラえもんが出したのが、ミサイルつき原子力潜水艦です。名前からして物騒ですが、サイズはラジコンとして扱える程度です。しかし、小さくなって乗り込むことができ、本物の原子力潜水艦と同じくらいの強度を持っています。
すでにおもちゃの域を越えている ドラえもん14巻「ラジコン大海戦」P175:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ラジコンなのに中に乗れるという時点で、未来道具らしさ全開です。単に遠隔操作するのではなく、自分たちが小さくなって内部から操縦する。スモールライト系の技術と乗り物遊びが合わさった、ドラえもんならではの発想です。
ミサイルつきという点も見逃せません。攻撃力を持つため、スネ夫たちのラジコンに対抗できます。おもちゃの海戦が、本格的な戦闘ごっこへエスカレートしていくわけです。
戦争ごっこのむなしさ
この話で印象的なのは、最後にスネ夫たちが戦争とは金ばかりかかってむなしいものだと口にすることです。子どものラジコン遊びとして始まった争いが、気づけば資金力と兵器のぶつけ合いになっています。
のび太の小さな船を沈めたスネ夫も、ドラえもんの潜水艦にやり返されます。勝った負けたの先に残るのは、壊れたラジコンと消耗した気分です。短いギャグの中に、戦争ごっこのむなしさがかなりはっきり入っています。
ドラえもんの攻撃・防御系道具には、空気砲や水圧銃のように危機を切り抜ける道具があります。ミサイルつき原子力潜水艦は、それよりも戦争ごっこの道具としての色が濃いです。だからこそ、遊びなのに後味に少し苦さがあります。
おもちゃとして見ても危険すぎる
ミサイルつき原子力潜水艦は、玩具としては明らかに高性能すぎます。本物並みの強度があり、ミサイルを撃てて、人が乗り込める。ここまで来ると、ラジコンというより小型兵器です。
もし現実にあれば、遊び場の川では使えません。橋や護岸、他の船、人に当たれば事故になります。ミサイルがどれほどの威力かは作中の描写に限られますが、少なくとも相手のラジコンを沈める力はあります。
似た物騒な乗り物・兵器系の道具には、ホームミサイルやどこでも大ほうがあります。どれも子どもの遊びに持ち込むには危険です。ドラえもんの世界ではギャグとして成立しますが、使い方を間違えれば大事故になります。
骨川一族の遊び方
この話では、スネ夫とスネ吉の性格もかなり出ています。スネ夫は自分の高価なラジコンを見せびらかし、のび太の小さな船を沈めても悪びれません。スネ吉も、いとこの遊びに大人げなく高性能なラジコンを投入します。
骨川家の財力と自慢癖が、ラジコン大海戦の騒動を大きくしています。のび太が苦労して手に入れたものを、金と性能で踏みにじる。この構図があるから、ドラえもんの反撃にも読者は納得しやすいです。
ただし、ドラえもん側もミサイルつき原子力潜水艦を出した時点で、同じ土俵に乗っています。相手が強いからさらに強い道具で返す。そうすると争いはどんどん大きくなります。ここがこの話の面白いところです。
小さくなる道具との相性
ミサイルつき原子力潜水艦の魅力は、小さくなって乗り込む遊びにあります。外から見ればラジコンでも、乗っている本人たちにとっては本物の潜水艦です。水面下を進み、敵の攻撃をかわし、反撃する。子どもの遊びが一気に冒険へ変わります。
ドラえもんには、スモールライトや小さくなる道具が多く登場します。小さくなることで、普通の庭や川が巨大な世界になります。ミサイルつき原子力潜水艦も、そのスケール変化を生かした道具です。
ラジコンを外から操るだけなら、スネ夫の自慢道具と同じです。中に乗り込めるからこそ、のび太たち自身の冒険になります。ここに未来道具らしい夢があります。
強い道具で勝ってもむなしい
最後に残るのは、勝利の爽快感だけではありません。戦争ごっこは金がかかり、むなしい。スネ夫たちの言葉は、ギャグの中にかなり大事な視点を入れています。
強いラジコンを出せば勝てる。さらに強い潜水艦を出せば勝てる。けれども、その先にはもっと強い道具が必要になるだけです。争いがエスカレートする構造を、子どものラジコン遊びで見せているのがうまいです。
ミサイルつき原子力潜水艦は、夢のある乗り物であると同時に、強すぎるおもちゃの怖さも持っています。のび太の悔しさを晴らす道具ではありますが、読後には戦うことのむなしさも残ります。ドラえもんの中でも、遊びと戦争の境目を考えさせるひみつ道具です。
ラジコン遊びが冒険に変わる瞬間
この道具の楽しい部分は、ただ強い兵器であることではありません。ラジコンの中に乗り込めることで、子どもの遊びが一気に自分たちの冒険へ変わるところです。川の流れも、水面の波も、小さくなったのび太たちにとっては本物の海のように感じられます。
外から操作するラジコンなら、勝敗は性能と操縦の差で決まります。しかし中に乗ると、逃げる判断、攻撃のタイミング、仲間との連携まで必要になります。遊びのスケールが変わり、読者も一緒に潜水艦へ乗ったような気分になります。
その一方で、名前に原子力やミサイルが入っていることは重いです。子ども向けの道具としては過剰なほど物騒で、スネ夫たちのラジコンに対抗するためとはいえ、ドラえもん側の反撃もかなり強烈です。この過剰さが、戦争ごっこのむなしさにつながっています。
ラジコン大海戦は、のび太の悔しさを晴らすだけの話では終わりません。強い道具で相手を負かす快感と、その後に残る空しさを同じ話の中で見せます。ミサイルつき原子力潜水艦は、夢のある乗り物でありながら、力比べの先にある疲れまで背負った道具です。
スネ夫の戦艦大和、スネ吉の飛行機、ドラえもんの潜水艦と、出てくるものがだんだん大きな戦力になっていく流れも見どころです。最初は小さなラジコン同士の遊びだったはずなのに、気づけば海と空と水中を使った総力戦のようになります。
このエスカレートの仕方は、子どものけんかにも通じます。相手より強いものを持ち出したい、負けたくない、やられた分をやり返したい。その気持ちが重なると、遊びのはずの時間がどんどん荒れていきます。ミサイルつき原子力潜水艦は、その流れを一気に押し進める存在です。
それでも、この道具には夢もあります。小さな潜水艦に乗って水中を進む絵は、純粋にわくわくします。だからこそ、楽しい冒険と危ない兵器ごっこが同じ道具の中で混ざります。その二面性が、ラジコン大海戦をただの仕返し話では終わらせていません。
のび太の最初の喜びを思うと、この話の切なさも増します。やっと手に入れたラジコンを沈められた悔しさがあるから、反撃の爽快感も生まれます。しかし、強い道具で勝っても壊れた遊び時間は戻りません。




