宝さがしごっこセット

宝さがしごっこセットは、宝箱をロケットのように飛ばし、送られてくる暗号を手がかりに探し出す遊び用のひみつ道具です。ごっこの名がつく道具なのに、本物の宝探しと重なってしまうところが、この話のいちばん面白いところです。

コミック13巻の宝さがしごっこセットでは、宝探しに憧れたのび太が、ドラえもんと一緒に山へ向かいます。ところが同じ場所で本物の大判小判を探す男性と出会い、遊びと現実の宝探しが妙に交差していきます。

宝探しの気分を道具で作る

宝さがしごっこセットの仕組みはかなりよくできています。宝箱をどこかへ飛ばし、その場所を暗号で知らせる。探す側は暗号を読み解きながら目的地へ進むため、ただ箱を見つけるだけではなく、冒険の過程そのものを楽しめます。

のび太が宝探しの本を読んで感化される流れも、いかにも彼らしいです。影響を受けやすいのび太は、読んだ物語をすぐ自分でも体験したくなります。ドラえもんの道具は、その衝動を実際の行動へ変える装置として働きます。

宝箱にママのネックレスやパパのカメラを入れてしまうのも、遊びに本気を出したい気持ちの表れです。空っぽの箱では盛り上がらないから、実際に価値のある物を入れる。ここで遊びのスケールが一段上がり、失敗した時の痛みも大きくなります。

八つ神山で本物の宝探しとぶつかる

宝箱は八つ神山へ飛んでいきます。暗号を追って山に向かったドラえもんとのび太は、同じ場所で宝を探す男性に出会います。しかも、その男性が目指している場所と、ドラえもんたちの目的地が重なっているのです。

宝物を探す男性と出会って驚くドラえもんとのび太
なんと目指す目標物が同じ・・・

ドラえもん13巻「宝さがしごっこセット」P77:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ここから話は、遊びの宝探しと本物の宝探しが競争する形になります。のび太たちは自分たちの宝箱を探しているだけですが、男性のほうは大判小判という歴史的価値のある宝を探しています。目的の重さがまるで違います。

面白いのは、ドラえもんたちがごっこ遊びに集中しすぎて、本物の宝の気配を見落としていることです。ひみつ道具があると、どうしても道具のゲーム性に意識が向きます。目の前で現実の大事件が起きていても、遊びのルールの中で考えてしまうのです。

どこでもドアで過程を短縮するズルさ

宝探しは、暗号を解き、道を歩き、迷いながら目的地へ近づく過程に楽しさがあります。ところがドラえもんとのび太は、少しでも早く宝箱を見つけようとしてどこでもドアを使います。

これは便利ですが、宝探しの遊びとしてはかなり反則に近いです。移動の苦労がなくなると、冒険の手触りが一気に薄くなります。せっかく宝さがしごっこセットが暗号と道のりを用意しているのに、別のひみつ道具で近道してしまうのがドラえもんらしいところです。

空から探すタケコプターを使わなかっただけ、まだ遊びの形は残っています。とはいえ、どこでもドアの時点でかなり強力です。宝探しの楽しさと、ひみつ道具による効率化は相性が良いようで、実はぶつかりやすいのです。

似た探索系の道具には、宝の場所へ導く宝さがしペーパーや、地図と針で探す宝さがし地図と針があります。これらも便利ですが、便利すぎるほど冒険らしさが減るという悩みを持っています。

本物の宝を逃す皮肉

結果として、男性は本物の大判小判を見つけます。ドラえもんとのび太は、まさに同じ場所にいながら、自分たちの宝箱に気を取られて本物の宝を逃してしまいます。この悔しさはかなり大きいです。

ドラえもんたちの目の前で宝物を見つけた男性
悔やんでもくやみきれない失敗

ドラえもん13巻「宝さがしごっこセット」P85:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ここで効いているのは、ごっこと本物の対比です。宝さがしごっこセットは、宝探しの雰囲気を味わうための道具です。一方、男性が探していたのは本当に価値のある埋蔵金です。遊びの道具に夢中だったために、現実の宝をつかみ損ねるという構図が鮮やかです。

ドラえもんの道具には、現実を便利に変える力があります。けれども、その便利さに頼るほど、普通なら気づけるものを見落とすことがあります。この話では、ひみつ道具が冒険を作ったのに、同時に本物の冒険から目をそらす役割も果たしています。

アクティビティとしてはかなり完成度が高い

遊び道具として見れば、宝さがしごっこセットはかなり優秀です。暗号を解く、山を歩く、目的地を推理する、宝箱を探す。頭と体を両方使うため、子ども向けのイベントにすればかなり盛り上がりそうです。

ただし、宝箱に入れる物は慎重に選ぶ必要があります。ママのネックレスやパパのカメラのような本物の貴重品を入れると、なくした時の被害が大きすぎます。ごっこ遊びに本物を混ぜると、急に責任が発生するのです。

ロケットのように飛ぶ箱という点では、移動系のぐうたらロケットロケットガムにも近い楽しさがあります。ただ、宝さがしごっこセットは移動よりも、どこへ飛んだか分からない不安を楽しむ道具です。

この話の余韻は、宝を探したのに宝を見逃すところにあります。のび太たちは遊びとしての冒険を手に入れましたが、現実の発見者にはなれませんでした。ひみつ道具があるから勝てるとは限らない。むしろ道具に夢中になるほど、足元の本物を見落とすことがあるのが、宝さがしごっこセットのなんとも苦い魅力です。

暗号があるだけで冒険になる

宝さがしごっこセットの良さは、宝箱そのものより暗号にあります。箱の場所をすぐ教えるのではなく、手がかりを解かせることで、移動の時間まで遊びへ変えています。子どもが夢中になるのは、この少し面倒な過程があるからです。

便利なひみつ道具なのに、わざわざ分かりにくくしているのが面白いところです。最短距離で宝を取るだけなら、どこでもドアや探知系の道具を使えば済みます。けれども、その形では宝探しになりません。宝さがしごっこセットは、効率ではなくわくわくを作る道具です。

この性質は、他のごっこ系道具とも近いです。たとえばアパートごっこの木は住まいを本物らしく見せ、宝さがしごっこセットは冒険を本物らしく見せます。どちらも、現実そのものではなく、現実に近い体験を味わわせる道具です。

ママとパパの持ち物を入れる危うさ

のび太たちが宝箱に入れたのは、ママのネックレスとパパのカメラです。ここがかなり危ういです。遊びの雰囲気を高めるために本物の貴重品を入れる発想は分かりますが、なくした時の責任が大きすぎます。

宝探しの臨場感は増えます。けれども、それは同時に失敗できない緊張へ変わります。子どもの遊びに親の大切な物を巻き込むあたり、のび太とドラえもんの見通しの甘さが出ています。

しかも、宝箱はロケットのように勝手に飛んでいきます。場所が暗号で分かるとはいえ、途中で壊れる可能性も、他の人に拾われる可能性もあります。ごっこ遊びの道具としてはよくできていますが、入れる物を間違えるとかなり危険です。

本物の発見者になれない悔しさ

男性が大判小判を見つける場面は、ドラえもんとのび太にとってかなり残酷です。彼らはひみつ道具まで使って山へ来たのに、歴史的な宝をつかむのは別の人です。しかも、その場所にほとんど同時にいたから余計に悔しい。

この失敗は、単に運が悪かっただけではありません。自分たちの宝箱を探すことに集中しすぎて、周囲の状況を見ていなかったことも大きいです。宝探しごっこをしている間に、本物の宝探しが目の前で進んでいたのです。

宝さがしごっこセットは、遊びを本物らしくする道具です。しかし、本物らしい遊びと本物そのものは違います。のび太たちは冒険の形を手に入れましたが、発見者として名前が残る機会は逃しました。この苦いすれ違いが、話をただの遊び道具紹介で終わらせていません。

それでも、のび太が本を読んで外へ飛び出す流れはかなり良いです。物語に影響され、実際に山へ行き、暗号を解く。失敗はしますが、机の前で空想しているだけでは得られない体験をしています。宝さがしごっこセットは、その一歩を外へ押し出す道具でもあります。

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