ミチビキエンゼル

ミチビキエンゼルは、使用者にとってよい結果へつながる行動を、その場その場で細かく指示してくれる手はめ型の天使ロボットです。正しい方向へ導いてくれる頼もしさと、本人の自由を少しずつ削っていく窮屈さが同居しているところに、この道具らしい面白さがあります。

迷いを消してくれる小さな天使

登場するのは、コミック3巻のミチビキエンゼルです。のび太は、しずかちゃんの家へ遊びに行くべきか、家に帰って宿題をするべきかという、いかにものび太らしい迷いでドラえもんを呼び出します。風邪で体調の悪いドラえもんからすれば、そんなことで起こされるのはたまったものではありません。

そこでドラえもんが出したのが、天使の姿をした小さな人形のようなミチビキエンゼルでした。手にはめると、使用者にとって一番よい行動を考え、進む方向や取るべき態度を指示してきます。自分で決められないのび太にはぴったりの道具に見えますが、実際には右足から歩くか左足から歩くかまで口を出してくるため、便利さよりも干渉の強さが先に立ってきます。

この細かさは、同じロボット・自動化系でもトモダチロボットのように相手役を作る道具とはかなり違います。ミチビキエンゼルは人間関係を代行するのではなく、本人の判断そのものに入り込んできます。行動の結果だけを考えるなら合理的でも、使う側にとっては自分の人生を横から操作されているような感覚になるんですよね。

ひみつ道具のミチビキエンゼル
見れば見るほどかわいい人形

ドラえもん3巻 ミチビキエンゼル P93:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

見た目だけなら愛らしい道具です。背中に羽があり、いかにも善意で導いてくれそうな姿をしています。ただ、藤子作品の道具は見た目のかわいさと機能の厄介さが一致しないことが多く、ミチビキエンゼルもまさにそのタイプです。かわいい顔で正論を連発してくるからこそ、のび太のうんざりした反応がよくわかります。

正しい指示ほど面倒くさい

ミチビキエンゼルの指示は、ただのおせっかいではありません。しずかちゃんの家でボードゲームをしている時には、コマの進め方まで指示します。コーヒーに角砂糖を2つ入れようとするのび太には、虫歯になるから1つにしておけと止めます。しずかちゃんの前で鼻くそをほじるなという注意も、のび太には耳が痛いものの、判断としてはまったく正しいです。

さらに、ゲームが盛り上がっている最中でも、宿題が残っているから帰るように指示します。夕食に誘ってくれるしずかちゃんとママに対して、断るためにアカンベーをさせる場面はかなり強烈です。目的だけ見れば帰宅には成功していますが、しずかちゃん親子に与える印象は最悪です。ここにミチビキエンゼルの限界が見えます。

ひみつ道具のミチビキエンゼル
驚き顔のしずかちゃんとママ

ドラえもん3巻 ミチビキエンゼル P93:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

この道具は、使用者のためになる結果を優先します。けれども、その場にいる相手の気持ちや、人間関係の余韻まできれいに処理してくれるわけではありません。アカンベーで夕食を断れば、たしかに時間は守れます。しかし、のび太がしずかちゃんの家で築きたい関係性まで考えているかというと、そこはかなり怪しいところです。

同じく行動を管理する道具として見ると、スケジュールどけいは予定をこなすために人を動かします。ミチビキエンゼルは予定表ではなく、今この瞬間の最善手を告げる点でさらに踏み込んだ存在です。宿題をやらせるだけなら宿題ロボットのような代行型の道具もありますが、ミチビキエンゼルは本人に行動を選ばせるようでいて、実質的には選択肢をかなり狭めてしまいます。

ドラえもんを助けに行くのび太

この話でいちばん大事なのは、ミチビキエンゼルが常に間違っているわけではないという点です。道中で犬のフンを避けたり、野球でうまくプレーできたり、犬に追い回される危険を避けたりと、のび太は実際にいくつもの災難から守られています。虫歯を避けるような生活上の助言も含め、短期的な安全や成果だけを見ればかなり優秀です。

それでも、のび太は最後にミチビキエンゼルの指示を無視します。ドラえもんの体からネジが一本なくなり、このままでは壊れてしまうかもしれないという場面で、ミチビキエンゼルは宿題を優先するよう指示します。のび太にとっては、宿題よりもドラえもんを助けることの方が大切でした。ここでのび太は、初めて自分の判断で走り出します。

この展開があるから、ミチビキエンゼルは単なる便利道具の記事で終わりません。のび太は普段なら優柔不断で、ロボットえんぴつのように勉強を肩代わりしてくれる道具にも飛びつきそうな人物です。それでも、親友の危機には自分の中で優先順位を決められる。ドラえもんを助けたいという気持ちだけは、道具に命令されなくても動けるのです。

この点は、判断や反応を機械的に測る反のうテストロボットのような道具と比べても面白いところです。ミチビキエンゼルは外から正解を示しますが、のび太の本当の価値観までは完全に測れません。宿題をやる方が社会的には正しいとしても、のび太にとってドラえもんを放っておく選択はありえない。そこに、機械の正しさでは拾いきれない人間らしさがあります。

みちび機との違い

ドラえもんには、似た発想の道具としてみちび機もあります。こちらはコミック13巻の七時に何かがおこるに登場し、のび太が0点の答案をママに打ち明けるタイミングを導く道具です。夜7時に告白せよという一見不思議な指示が、最終的にはパパの昔の0点答案を見つける展開につながり、結果としてのび太は叱られずに済みます。

みちび機は、指示の意味があとからわかるタイプの道具です。ミチビキエンゼルも未来の結果を読んでいるように見えますが、こちらはもっと日常に密着し、使用者のそばで細かく口を出し続けます。人生の分かれ道における助言というより、生活全体を常時監視する小さな指導者に近い印象です。

だからこそ、ミチビキエンゼルは便利でありながら息苦しい道具になっています。正しい助言がいつも心地よいとは限りません。むしろ、正しいからこそ反発したくなる場面があります。のび太が途中でうんざりしていくのは、道具の性能が低いからではなく、性能が高すぎて生活に入り込みすぎるからです。

自分で決めるからのび太らしい

ミチビキエンゼルがあれば、毎日の小さな失敗はかなり減るはずです。歩く方向、遊びに行くか宿題をするか、相手にどうふるまうかまで、未来の道具が最適な答えを出してくれる。現実にあれば、迷いの多い人ほど手放せなくなるかもしれません。

けれども、ドラえもんの面白さは、のび太が失敗しながらも自分で選ぶところにあります。道具が出す答えに従い続ければ、たしかに損は減ります。でも、ドラえもんを助けるために宿題を後回しにするような、その人らしい選択まで消えてしまうなら、それは少しさびしいことです。

ミチビキエンゼルは、正解を与えてくれる道具であると同時に、正解だけで人は動けないことを見せてくれる道具でもあります。迷ってばかりののび太が、最後には自分の大切なものを選ぶ。その小さな逆らい方に、のび太というキャラクターの芯がよく出ています。

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