天球儀と天体けんび鏡

天球儀と天体けんび鏡は、本物そっくりのミニ宇宙を目の前に再現し、星の細部まで観察できる学習向けのひみつ道具です。星座の勉強道具として出てきますが、中には自我を持つ住人までいるため、単なる模型では済まないスケールを持っています。

コミック17巻のあべこべ惑星では、ドラえもんが星座の勉強のために天球儀を出します。天体けんび鏡でのぞくと星一つひとつが手に取るように見え、地球そっくりの惑星まで見つかる。しかもその星は、すべてが地球と真逆のあべこべ世界でした。

小さな宇宙をのぞく学習道具

天球儀は、本物の宇宙をミニチュアサイズに設計した模型です。普通の天球儀なら星の位置を学ぶための道具ですが、ドラえもんの天球儀は次元が違います。天体けんび鏡を使えば、星の表面や文明まで見えてしまう。星座の勉強どころか、宇宙探査の入口になっています。

この道具のすごさは、再現度の高さです。小さく作った模型なのに、そこには星があり、地球そっくりの惑星があり、住人が生活しています。地球セット創世セットのように世界を作る道具にも近いですが、天球儀は学習教材として出てくるぶん、何気なさが逆に怖いです。

左右あべこべの日本
誤植ではない、逆なのである

ドラえもん17巻「あべこべ惑星」P81:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

ドラえもんは地球そっくりの惑星を発見しますが、そこは地形や社会が真逆のあべこべ世界でした。左右が反転しているだけでなく、のび太に似た人物が女の子で、しかも世界一の天才とされている。のび太本人にとっては、うれしいような納得しにくいような、かなり複雑なオチです。

天才ののび太
この世界でのび太は大天才!

ドラえもん17巻「あべこべ惑星」P87:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

あべこべ世界ミラーとの関係

あべこべの世界という設定は、あべこべ世界ミラーにもつながります。あちらでは鏡の向こうに、性格や力関係が反転した世界があります。天球儀のあべこべ惑星では、地球そっくりの星そのものがミニ宇宙の中に存在し、そこに住むのび太が女の子で天才という形になっています。

同じあべこべでも、反転の範囲が違います。ミラーはのび太の生活圏を鏡写しにしたような世界で、天球儀は宇宙の中にある別惑星です。だから、よりSF的なのは天球儀のほうです。のび太の身近な人間関係を反転するだけでなく、惑星単位であべこべの社会が成立しています。

この違いを比べると、ドラえもんのあべこべ設定は意外と幅があります。単純に左右が逆になるだけではなく、性格、性別、能力、地理、社会まで反転の対象になりうる。どこまでが逆になるのかを考えるだけでも、かなり楽しい道具です。

極小ロボットが生活する宇宙

天球儀で最も驚くのは、そこに極小のロボットたちが生活していることです。宇宙を小さく再現するだけなら模型ですが、自我を持つ存在がいるとなると、話は大きく変わります。彼らにとっては、天球儀の中の世界が本物の世界です。

これはかなり重い設定です。のび太たちが学習教材としてのぞいている世界に、生活している存在がいる。外側の人間から見れば小さな模型でも、内側の住人にとっては人生の場です。スモールライトで小さくなる話とは違い、最初から別スケールの世界が存在している点が独特です。

極超ミニロボットと天球儀
どうやって製造したのか・・・

ドラえもん17巻「あべこべ惑星」P79:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

未来の科学技術は、宇宙の再現だけでなく、そこに社会を成立させるところまで進んでいるようです。学習教材として考えると夢がありますが、倫理的にはかなり難しい。観察される側に意識があるなら、教材として扱ってよいのかという問題が出てきます。

宇宙船で中へ入れる教材

天球儀は観察するだけでなく、宇宙船を用意して中へ乗り込むこともできます。これは、教材としてはかなりすごい機能です。星座や宇宙の配置を外から見るだけでなく、気になる星へ実際に行ける。学習と冒険がほとんど一体になっています。

似た体験としては、作った地球の中へ入れる地球セットがあります。どちらも小さな世界を外から観察し、さらに中へ入れる点が共通しています。ただし、天球儀は宇宙全体を扱うぶん、移動先のバリエーションが大きい。星座の勉強から惑星探検へ進む流れは、未来の教育としてかなり魅力的です。

もし現実にあれば、子どもたちは星座を暗記するだけでなく、星の配置や距離感を体感できます。天体けんび鏡で拡大し、宇宙船で近づき、別の惑星の文化を見る。理科の授業というより、宇宙旅行そのものです。ミステリートレインの切符のような観光型宇宙旅行とは違い、こちらは学習から出発する宇宙体験です。

小さな世界を見る責任

天球儀と天体けんび鏡は、学習道具としては最高級です。けれども、内側に住人がいるなら、ただの教材として扱うには危うさがあります。外側から見られ、時には訪問される。内側の人たちにとって、のび太たちは巨大な外部存在に近いでしょう。

ドラえもんの世界では、小さな世界を作ったり、のぞいたり、入ったりする道具が何度も出てきます。そのたびに、外側の人間がどこまで関わってよいのかという問題が出ます。天球儀も同じです。星座の勉強として始まったはずなのに、気づけば別世界の人々と出会う話になっています。

この道具は、宇宙への興味をかき立てると同時に、観察することの重さも感じさせます。小さく見えるから軽いわけではない。天体けんび鏡の向こうには、あべこべでも確かに世界があり、そこで暮らす人たちがいます。そこに気づくと、天球儀は単なる便利な教材ではなく、かなり奥行きのある道具に見えてきます。

天球儀の面白さは、学習のために出した道具が、すぐに冒険へ変わるところです。星座を覚えるだけなら安全な勉強ですが、天体けんび鏡で細部まで見え、宇宙船で中へ入れるとなると、勉強と探検の境目が消えます。ドラえもんの道具は、知識をただ暗記するものではなく、実際に体験できる形へ変えてしまいます。

女の子で天才ののび太がいるという設定も、のび太本人にはかなり刺激的です。自分と似た存在が、別世界では正反対の評価を受けている。あべこべ世界ミラーの暴れん坊のび太とは違い、こちらは能力面の反転が強く出ています。のび太が納得しきれないのも当然です。

また、地球そっくりの惑星があるというだけでも、SFとしてかなり魅力的です。もし天球儀の中に他にも地球型の星があるなら、別ののび太、別のドラえもん、別の歴史があるかもしれません。学習教材の中に、無数のもしもの世界が眠っているように見えるのです。

ただし、宇宙船で乗り込めるということは、外側から内側の世界へ干渉できるということでもあります。観察だけならまだ距離がありますが、入ってしまえば現地の人々に影響を与える。天球儀と天体けんび鏡は、見る楽しさだけでなく、入る責任まで含んだ道具です。

天体けんび鏡という名前も面白いです。望遠鏡ではなく、けんび鏡です。普通なら顕微鏡は小さなものを見る道具ですが、ここでは宇宙という大きすぎるものを小さくしてのぞいています。大きな宇宙を小さな教材として扱う発想が、名前の時点でひねられています。

あべこべ惑星の日本が左右逆に見える場面は、読者にも違和感が伝わりやすいです。地図は見慣れているからこそ、反転するとすぐ気づきます。ドラえもんは、SF的な別世界を説明する時に、こうした日常的な違和感をうまく使います。難しい理屈より、見慣れた日本列島の反転が一番分かりやすいのです。

さらに考えると、外側から天球儀に触れるだけで中の世界にどれほど影響するのかも気になります。教材として机の上に置かれているものが、内側の住人にとっては宇宙全体かもしれません。外側の人間が少し乱暴に扱えば、内側では大災害になる可能性があります。小さな宇宙を持つということは、それだけ大きな責任を持つことでもあります。

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