ラッキーガン

ラッキーガンは、赤玉に当たると一日幸運になり、黒玉に当たると不幸が起きる、運を弾丸にしたようなひみつ道具です。幸運を手に入れる道具でありながら、最後の一発に近づくほど不幸の確率が上がる、かなり怖い運試しでもあります。

コミック4巻のラッキーガンでは、何をしてもうまくいかないのび太が、自分の運の悪さに腹を立ててドラえもんに助けを求めます。しずかちゃんとは遊べず、おやつはなくなり、マンガはパパに持っていかれ、犬には靴を持っていかれる。小さな不幸が連続する、のび太らしい一日の始まりです。

赤玉三発と黒玉一発の運試し

ラッキーガンには赤玉が三発、黒玉が一発入っています。赤玉なら幸運、黒玉なら不幸です。最初の一発だけなら赤玉を引く確率は高いですが、誰かが赤玉を引くたびに残りの危険度は上がります。のび太はそのリスクを恐れ、自分で撃たずにママ、ジャイアン、スネ夫へ先に使わせます。

ここがのび太らしいところです。幸運はほしいけれど、不幸は引きたくない。そこで他人に先に引かせる発想へ逃げます。悪運ダイヤのように不運そのものを扱う道具とは違い、ラッキーガンは運の良し悪しを確率として目の前に置きます。のび太の臆病さがそのまま話を動かします。

ラッキーなママ
スリルを楽しむママ

ドラえもん4巻「ラッキーガン」P170:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

結果として、ママもジャイアンもスネ夫も赤玉を引いてしまいます。のび太は自分だけ黒玉を残される形になり、むしろ不幸を確定させるような状況を作ってしまいます。幸運を欲しがったはずなのに、運の流れを自分で悪くしているのがこの話の面白さです。

不幸はまとめてやってくる

残った黒玉を近所の子どもがのび太へ撃ってしまい、そこから不幸の連鎖が始まります。子どもの母親に怒られ、車にぶつかり、飛ばされた先はドブの中。ラッキーガンの不幸は、ただ気分が落ちる程度ではなく、かなり物理的な災難としてのび太へ降りかかります。

不幸なのび太
不幸に囲まれるのび太

ドラえもん4巻「ラッキーガン」P175:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

のび太は、こんなことなら最初から自分で撃っておけばよかったと後悔します。これはかなり皮肉です。最初の段階なら赤玉の確率は高かったのに、怖がって他人へ回したことで、自分に最悪の結果が戻ってきました。ラッキーガンは運を試す道具であると同時に、責任から逃げるほど状況が悪くなる道具でもあります。

似た運系の道具にはうちでの小づちや福貧コンビのように、幸運や不運を外から与えるものがあります。ラッキーガンはそれらよりゲーム性が強く、使う人の判断が結果に絡みます。運を買うのではなく、運に賭ける道具です。

ギャンブルとして見るとかなり怖い

ラッキーガンは、最初の一発だけ見れば赤玉三、黒玉一なので分が良い勝負に見えます。けれど、一度赤玉が出ると次の確率は下がります。二発出れば残りは赤玉一、黒玉一。最後は不幸が確定します。セットで使う以上、誰かが必ず黒玉を引く構造です。

ラッキーガンの運試し
人は失敗した時のことを考えがちである

ドラえもん4巻「ラッキーガン」P169:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

この仕組みは、幸運の総量と不幸の総量がセットになっているようにも見えます。三人が得をするかわりに、一人が大きく損をする。もし現実にあれば、仲間内で使うにはかなり気まずい道具です。誰かの幸運が、別の誰かの不幸の上に成立しているように見えてしまいます。

のび太が先に他人へ使わせたのも、確率の読みとしては一応分かります。ただし、道具のルールを知っているなら、最後の一発が誰に向くかまで考える必要があります。チョージャワラシベのように欲をかくほど展開が転がる道具と同じく、ラッキーガンは欲と臆病さを試してきます。

運の悪さを道具で変えられるのか

ラッキーガンは、運という見えないものをかなり分かりやすく扱います。赤なら一日ついている、黒なら一日不幸。子どもにも直感的に分かるルールです。ただ、運を弾丸で撃ち込むという発想はかなり乱暴です。幸運も不運も、本人の努力とは別のところから急に降ってきます。

この点では、悪魔のパスポートのように、本人の行動と結果の関係を壊す道具にも近いものがあります。努力せずに幸運だけをほしがると、どこかで帳尻が合う。ドラえもんの短編では、そうしたズルさがたいてい本人へ戻ってきます。

もし安全に使うなら、黒玉の不幸を軽いものに限定する必要があります。転ぶ、財布を忘れる、くしゃみが止まらない程度ならパーティーグッズとして成立するかもしれません。けれど作中のように車とぶつかる危険まであるなら、遊びでは済みません。

赤玉の幸運も、どの程度の幸運なのかは気になります。おやつが手に入る程度なのか、落とした財布が戻るほどなのか、人生を変えるほどなのか。作中では赤玉を引いた三人の幸運が詳しく描かれないため、黒玉の不幸ばかりが印象に残ります。道具名はラッキーガンですが、読後感はかなりアンラッキーです。

また、ラッキーガンは誰に向けて撃つかで結果が変わります。自分に撃てば自分の運試しですが、他人へ撃てば相手の人生に勝手に介入することになります。黒玉を誰かに撃つ可能性がある以上、これはかなり無責任な行為です。のび太が他人へ先に使わせる流れには、笑いながらもずるさが残ります。

銃の形をしていることも大事です。運を上げるだけなら薬やお守りでもよさそうですが、あえてリボルバー型にすることで、引き金を引く緊張感が生まれます。幸運の道具なのに、見た目は危険な遊びに近い。そこにこの道具のスリルがあります。

ドラえもんの道具には、確率や偶然を扱うものがいくつかあります。ラッキーガンはその中でも、結果がすぐ身体に返ってくるため分かりやすいです。赤玉なら一日楽しく、黒玉なら災難続き。運という曖昧なものを、弾丸の色で見せる発想がうまいんですよね。

のび太らしい後悔が残る道具

ラッキーガンの話は、運が悪いのび太を笑うだけでは終わりません。最初に自分で引き金を引く勇気があれば、結果は違ったかもしれません。もちろん赤玉が出る保証はありませんが、少なくとも他人へ押しつけた結果として黒玉だけが残る流れは避けられました。

運が悪いと嘆く前に、自分がどう動いたかを見る必要がある。ラッキーガンは、そんな少し苦い話でもあります。幸運を手に入れる道具に見えて、実は運を人任せにするのび太の弱さをあぶり出しているんですよね。

のび太の日常はたしかに不運が多いです。けれど、この話では不運の原因の一部を自分で作っています。怖くて自分で撃てない、他人に先に引かせる、残った黒玉を管理できない。そうした小さな判断が積み重なり、最後に大きな災難として返ってきます。

だから、ラッキーガンは単なる運の道具ではなく、判断の道具でもあります。運そのものは操作できても、どう使うかは本人次第です。のび太が最初から覚悟を決めていれば、幸運を得られたかもしれません。少なくとも、最悪の一発を他人の手で受ける形にはならなかったでしょう。

アニメ版で細かな災難が増えているのも、この道具の分かりやすさゆえです。座布団ですべる、しずかちゃんに叱られる、犬に追いかけられる。どれも日常の小さな不幸ですが、連続するとかなりつらい。運の悪さは一つひとつより、重なり方で効いてきます。

幸運の道具なのに、読者が覚えているのは不幸のほうかもしれません。赤玉のいいことは一日で終わりますが、黒玉の災難は絵として強く残ります。のび太が泥だらけになる場面は、ラッキーガンという名前との落差が大きく、短編のオチとしてかなり効いています。

もしドラえもんがもう少し慎重なら、最初に使う人を決めたり、黒玉が出たときの安全範囲を確認したりしたはずです。けれど、初期のドラえもんは道具を出してからトラブルが起きる流れが多いです。ラッキーガンも、その勢いがよく出ています。

ドラえもんの道具には、願いを叶えるものがたくさんあります。けれど、願いがそのまま幸せにつながるとは限りません。ラッキーガンは、幸運と不運を一つのリボルバーに詰め込むことで、運を欲しがる気持ちの危うさを見せる、初期短編らしいひみつ道具です。

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