自分がやろうとしていることと、相手がやろうとしていることを丸ごと入れ替えてしまう——それが『すること入れかえ機』の一言で言い表せる能力です。操作はボタンひとつで完結し、入れ替えが終わると当事者の周囲の状況まで自然に辻褄が合うように動き始めます。行動の交換というシンプルな発想でありながら、使い方次第で状況を根本から変えてしまえる底知れない道具です。
のび太はスネ夫?
コミックでのび太が100円を落としてしまった場面があります。ドラえもんは自分の代わりにスネ夫に拾ってきてもらうため、『すること入れかえ機』をスネ夫に向けてボタンを押しました。ドラえもんが100円に執着してネズミを利用するというひとひねりが加わった、いかにもドラえもんらしい使い方です。
100円を諦めきれないドラえもん ドラえもんカラー1巻「すること入れかえ機」P144:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
味をしめたのび太でしたが、うっかりスネ夫に『すること入れかえ機』を奪われてしまいます。スネ夫はさっそくのび太に向けてボタンを押し、のび太が担う何やら面倒なお使いと、スネ夫自身の優雅な午後を入れ替えてしまいました。道具を使った側がそのまま得をするとはいかないのが世の常で、スネ夫の思惑はここから少しずつ狂いはじめます。
その後ののび太に起きた出来事はスネ夫のものになり、入れ替わった先ではなぜかとんでもない幸運が続いたのです。元々スネ夫に用意されていたご褒美の類がそっくりのび太に降り注いでいきました。面倒なお使いを押しつけたつもりが、お使いの道中でのび太だけが得をするという展開は、ドラえもんのエピソードが持つ逆転劇の面白さをよく体現しています。
たまにはいいこともある ドラえもんカラー1巻「すること入れかえ機」P149:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
元に戻っても何かとついているのび太でした。おやつが出てきたり、空き地で財布が落ちているのを見つけたりと、とことん運がいい男なのでした。お使いという苦行を引き受けた代わりに棚からぼた餅がいくつも転がり込んでくる展開は、のび太という主人公が本質的に持っている不思議な運の良さを端的に示すエピソードとして印象深いものがあります。苦労した分だけ何かが返ってくる——そんなメッセージを子どもたちに自然に伝えているところが、このエピソードの奥行きです。
行動を入れ替えます
『すること入れかえ機』のボタンを押すと、自分と相手、あるいは他の人と他の人の行動が入れ替わります。
誰と誰を対象にするか、このひみつ道具単体で細かく指定できるような設計ではないのですが、とりあえずボタンを押せば話の都合に合わせて適当な人が選ばれるようになっています。使い方の解釈が広い道具のひとつといえるでしょう。細かいことを考えなくても物語が成立するよう設計されているのは、読み手への配慮でもあるかもしれません。
行動そのものを入れ替えるという発想は、自分の代わりに嫌なことをやってもらうという用途が真っ先に浮かびますが、実際にはもっと複雑な影響が連鎖します。行動というのは単独で存在するわけではなく、その人が置かれた状況や人間関係と不可分に結びついているからです。だからこそ入れ替えた行動の周囲まで自動的に辻褄が合うように動くのでしょう。行動ひとつを変えるだけで、それを取り巻く世界ごと書き換わっていく——そのスケールの大きさが、この道具をただの交換ツール以上のものにしています。
似た入れ替え系の道具でいえば、入れかえロープは体ごと別人と交換できる強力な道具ですし、入れかえっこふろしきはふろしきで包んだものを別のものと入れ替えられる便利グッズです。『すること入れかえ機』は体は動かさずやることだけ入れ替えるという点でユニークな位置づけをしています。体は自分のままで、行動だけが別人のものになるという状態は、考えてみるとなかなか不思議な感覚です。のび太の体のままスネ夫の生活をするのか、スネ夫の体ののび太がのび太の生活をするのか——この問いを突き詰めると、自分とは何かという哲学的な問いにまで発展しそうです。
周囲も合わせてくれます
例えばのび太とスネ夫の行動を入れ替えるとすると、スネ夫はのび太になりきってのび太の家に帰宅しますが、のび太もママもスネ夫を見てのび太と思い込むことになります。
ママの恐怖 ドラえもんカラー1巻「すること入れかえ機」P148:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
入れ替えた行動に関係する人物もうまく合わせてくれるようになっているのです。これは単純な行動の入れ替えではなく、人間関係ごとごっそり移し替えるような挙動に近いものがあります。その場の状況全体が書き換わるイメージです。
こうした周囲も含めた辻褄合わせが自動で行われる点は、ドラえもんのひみつ道具に共通する特徴でもあります。道具を使う側がいちいち細かい設定を考えなくても、物語に必要な効果がきちんと生まれるようになっています。使い勝手とストーリーの面白さを両立させた絶妙な設計思想といえるでしょう。この仕組みがあるからこそ、道具を使ったらどうなるかという読者の期待に応えながら、予想外の展開で笑わせることができるのです。
他人の人生も羨ましいが
ドラえもんたちは入れかえロープや家族合わせケースなどを使って他人と入れ替わることがたまにあります。
でも結局は自分の体、自分の人生がいいなあと感じているんですね。
どうしても他人がうらやましく感じる瞬間は誰にでもあると思いますが、結局これまで生きてきた経験や出来事すべてが自分を構成しているのだと気付くのでしょう。スネ夫の裕福な暮らしや出木杉くんの頭脳があれば、と思うことはのび太のみならずすべての子どもが一度は夢見ることです。けれどそれを手に入れたとして、今の自分がそのまま活きるわけではない——そんな当たり前だけど深いことに、道具を使うたびに気づいていくのかもしれません。他人の人生を借りることはできても、自分が積み重ねてきたものは借りられない。そのことに気づいた時、のび太の何気ない行動がずっと深く見えてきます。
もしじゅんばんいれかわりそうちのように順番ごと入れ替えられるならもう少し気楽に試せるかもしれませんが、自分という存在がゼロリセットされるのは怖いものです。目の前のちょっと面倒くさいこと程度なら『すること入れかえ機』で入れ替えるのもいいでしょうが、やっぱり自分の足で人生を歩んでいくしかないのです。道具に頼りすぎることへの警告を、さりげなく笑いに包んで伝えてくれているのがドラえもんという作品の素晴らしさです。
似た発想の道具たち
『すること入れかえ機』と似た概念で、外見まで相手に似せることができるコピーロボットも入れ替わり系の道具として度々登場します。ただし見た目は変わっても中身は本人のままなので、行動が入れ替わる本道具とは似て非なるものです。コピーロボットは見た目のすり替えであり、すること入れかえ機は行動のすり替えです。どちらが本物かという問いへの答え方が根本的に異なります。
また人体とりかえ機のように体そのものが完全に入れ替わる道具になると、もはや別人として生きることになる重さがあります。行動を入れ替えるだけの『すること入れかえ機』は、ある意味ではいちばん軽い入れ替えといえるかもしれません。その軽さゆえに気軽に使えるし、気軽に使えるから余計なトラブルも生まれやすい。ドラえもんのひみつ道具はたいていそういう設計になっています。
入れ替えという概念は人間がもしも自分が別の誰かだったらと想像するときの根本的な欲求と結びついています。他人の立場を体験することで初めてわかる苦労や喜びがある一方で、他人の人生に憧れながらも結局は自分の人生の方が特別だと気づく——そのサイクルをひみつ道具が手軽に体験させてくれるところが、のび太たちのエピソードを読む面白さのひとつです。『すること入れかえ機』はそんな人間の普遍的な感情を、ひとつのボタン操作で笑いに変えてしまう道具なのです。







