あめんぼうは、食べると体が水を弾くようになり水の上に浮かんでスイスイ移動できるひみつ道具です。ただし一度に食べ過ぎると1ヶ月も水をはじく体になってしまうので注意が必要です。
食べすぎたジャイアンとスネ夫
ローラースケートに上手に乗れないのびたです。水に浮かぶアメンボウを見てあこがれを抱くのですが、ドラえもんはあめんぼうを食べて水の上を滑ろうと言うのです。その様子を見ていたジャイアンとスネ夫が一度に大量のあめんぼうを食べてしまいました。適量を守れば数時間楽しめるはずが、食べすぎれば大変なことになります。ジャイアンとスネ夫がのびたの道具を見て興味を持ち、横から入ってきて失敗するという展開はドラえもんの定番で、このエピソードもその典型です。のびたが使っている道具に目をつけたジャイアンたちが、加減を知らずに使いすぎるという流れは読んでいて思わず笑えます。
1ヶ月もの間水をはじく体に変化し、お風呂に入れず体がくさーくなってしまったのでした。一度に食べすぎてはいけないという注意を守らないジャイアンとスネ夫の失敗エピソードです。食べ物の道具を使う際の節度の大切さが自然に伝わります。道具の説明を聞いた上で守らないという展開は、ドラえもんシリーズに繰り返し登場するパターンです。節度というものの大切さを、笑えるオチを通じて子どもに伝えるという藤子F不二雄先生の巧みな構成が光ります。ジャイアンとスネ夫がにおいを発するという描写は、1ヶ月お風呂に入れないとどうなるかをコミカルかつリアルに示しており、子どもが読んで想像するだけで笑えます。
見た目はおいしそうだ ドラえもんカラー3巻「あめんぼう」P54:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
気分はアメンボウ
あめんぼうを食べると体が水を弾き、水の上に浮かんでスイスイ移動できるようになります。おそらく体全身が水を受け付けなくなっていて、体表面の水分をすべて弾いてしまうのでしょう。持続時間はあめんぼう1つにつき数時間かと予想されます。水の上をすべるように進む感覚は、本物のアメンボウが水面張力を使って移動するのと同じ原理に近いでしょう。
普段の靴で水の上をスイスイ進めるというのは解放感のある体験です。ドンブラ粉が物を水に浮かせる道具なら、あめんぼうは体そのものを水面移動に適応させる道具です。食べることで体に変化をもたらすという点では、アンキパンが記憶力を助け、ウラシマキャンデーが時間感覚を変えるように、食べ物型ひみつ道具の系統に属します。あめんぼうの場合は体と水の関係を根本から変えるという、比較的シンプルながらインパクトの大きい効果です。
海や川がスケートリンクに
あめんぼうで水の上に浮かぶようになると、あっという間に天然のスケートリンクが誕生します。
周りがびっくりする光景だ ドラえもんカラー3巻「あめんぼう」P56:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
普段の靴でスイスイ進むことができ、体も濡れず、お金もかからずいいことばかりです。海は波があるので滑るのは危険かもしれませんが、一風変わったスケートも楽しそうです。プールや湖など波のない水面なら、より安定した移動が期待できます。空とぶじゅうたんやタケコプターが空中を移動する道具なら、あめんぼうは水面という別次元の移動手段を提供します。陸でも空でもなく水面を選ぶという発想のユニークさが、あめんぼうを他の移動系道具とは一線を画した存在にしています。川や湖が豊富な地域では通勤や買い物に水面移動が使えるかもしれません。船を使わずに水面を歩いて渡れるというのは、橋のない場所での移動手段として実用的です。
スポーツへの応用を考えると、水面でのレースという全く新しい競技が生まれるかもしれません。通常の靴を履いて湖の上を走るマラソン大会や、水面でのサッカー大会など、あめんぼうがあれば実現できる競技は数え切れません。水上レースと違って転覆しても溺れる心配がないため、水に苦手意識がある人でも安心してスポーツを楽しめます。日本は海に囲まれた国であるため、海を舞台にした新しいスポーツは観客を集めやすく、独自のエンターテインメントとして発展する可能性があります。国際大会のような形で水面マラソンが開かれたとしたら、かなりの話題を呼ぶことでしょう。
副作用は1ヶ月のお風呂なし
あめんぼうの副作用として体が1ヶ月水を弾く状態が続くと、お風呂に入れないという深刻な問題が起きます。現代の衛生観念からすれば1ヶ月風呂なしは相当つらいですが、コミックではジャイアンとスネ夫がにおいを発するというコミカルな描写になっています。食べ物系ひみつ道具の副作用は、大抵このように笑えるレベルの不便さで描かれており、深刻になりすぎない匙加減がドラえもんらしさです。
食べ物型ひみつ道具全般に言えることですが、効果が魅力的なほど使いすぎの誘惑も強くなります。あめんぼうの場合、適量を守れば楽しめるのに大量に食べてしまうのはいかにもジャイアンとスネ夫らしいです。欲張ることの危険性をコミカルに示すというのは、ドラえもんが子ども向けの作品として持つ教育的な側面のひとつでもあります。アンキパンを一夜漬けで食べすぎたのびたが翌朝教科書ごと忘れてしまうという定番の失敗と同じ構造で、使いすぎることへの警告が笑いと一緒に伝わる設計です。
技術の応用に期待
水に沈まない技術を応用すると、未来の世界では海の上に建物がたつ時代なのかもしれません。人口が増えて住む場所がなくなっても一応は問題解決になるのでしょうか。天候を操る技術を駆使すれば海もおだやかでしょうし、実はあめんぼうは画期的な発明の第一歩かもしれないですね。海上に住む人が歩いて移動できる社会というのは、あめんぼうが示す未来の姿として夢が広がります。現実のフロート技術や浮体構造物の研究が進む中で、人間が水面を歩けるという発想は次の一歩としてありえない話ではないかもしれません。技術の方向性としてあめんぼうが先取りしているものがあるとすれば、それは体と環境の関係を変えることでできることが広がるというシンプルな真理です。
ローラースケートが苦手なのびたが水面という別の舞台で自信を持って動けるようになるというエピソードの構図は、苦手なことを違うアプローチで乗り越えるという発想の豊かさを示しています。ま水ストローが水そのものの性質を変えるのに対し、あめんぼうは使用者の体の性質を変えるという点で発想が逆転しており、水との関係を変えるひみつ道具として対照的な存在です。食べ物という親しみやすい形で体に変化をもたらすあめんぼうは、食べ物型ひみつ道具の面白さを代表する一品として記憶に残ります。水面を移動するという体験そのものの解放感と、食べすぎた場合のお風呂に入れないという制約が対比になっており、楽しさと教訓がセットで伝わるエピソードとしてよくできています。ドラえもんのひみつ道具の中でも、夏のイメージと相性がいい道具として特に親しみやすい道具のひとつです。ローラースケートが苦手なのびたが水面という舞台を見つけて活躍の場を得るというエピソードの温かさも、あめんぼうが単なる笑い話に留まらない読後感をもたらしています。




