マッチを擦ると炎の中に相手の考えていることが幻として浮かび上がるひみつ道具が「ドリームマッチ」です。火がともっている短い時間だけ心の中が見えるという、儚さと危うさをあわせ持った道具です。
心を映すマッチ
コミックス8巻のマッチ売りのドラえもんでは、しずかちゃんの家でクリスマスパーティーが開かれることになります。のびたはかくし芸に悩み、ドラえもんがドリームマッチを出します。相手に向けてマッチを擦ると、炎の中にその人が考えていることが映ります。これを使えば、みんなの心を当てる芸ができるというわけです。
試しにのびたの心を見ると、欲しいクリスマスプレゼントが浮かびます。ところがパパの心をのぞくと、のびたへ贈りたいものとして目覚まし時計が出てきます。のびたにとっては嬉しいプレゼントではないかもしれませんが、パパの気持ちはかなり優しいです。朝起きられないのびたを少しでも助けたいという、親らしい願いが見えています。
パパの優しい心遣い ドラえもん8巻 マッチ売りのドラえもん P127:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
この場面は小さな笑いどころですが、パパの見方が少し変わる場面でもあります。のびた本人はおもちゃや楽しい物を期待しているはずです。それに対してパパが考えるのは、生活を整えるための目覚まし時計。夢のあるプレゼントではないものの、のびたを思っていることは伝わります。ドリームマッチは、心を暴く道具であると同時に、普段は見えない優しさを映す道具でもあります。
寒さと空腹をしのぐ幻
その後、しずかちゃんが体調を崩したことでパーティーは中止になります。さらに家へ帰ると、パパとママは映画に出かけていて、のびたとドラえもんは家に入れません。寒さと空腹の中、二人はドリームマッチでストーブやごちそうの幻を出し、なんとか気分だけでもしのごうとします。
ここで童話のマッチ売りの少女とのつながりがはっきりします。炎の中に温かいものや食べ物の幻が見えるという設定は、そのまま童話の有名な場面を思わせます。ドリームマッチは、ただ心を読む道具であると同時に、見たいものや望んでいるものを炎の中に映す道具としても機能しています。
マッチ売りの少女との大胆な接続
この話で驚くのは、童話のマッチ売りの少女が本当の出来事だったと説明されることです。さらに、その少女が見た不思議な幻は、たまたまその時代へ来ていた未来人が落としたドリームマッチを拾ったことで起きたとされています。世界的に知られた童話の裏側に、22世紀のひみつ道具が関わっていたという、かなり大胆な設定です。
けっこう重大なことをサラリと言う ドラえもん8巻 マッチ売りのドラえもん P126:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ドラえもんはかなり軽く説明していますが、よく考えると文学史に関わる大事件です。未来人の落とし物が過去の少女の体験を生み出し、その出来事が童話として語り継がれたことになります。タイムマシンがある世界では、未来の道具が過去の文化に影響を与える可能性がありますが、ドリームマッチはその例としてかなり印象的です。
火が消えると幻も消えるという性質も、童話の切なさにぴったり合っています。温かいストーブも、ごちそうも、会いたい人の姿も、炎がある間だけ見える。道具の効果時間の短さが、物語の切なさを補強しているように感じられます。
心を読む道具と幻を見せる道具
ドリームマッチは、相手の考えていることを映す道具であり、幻を見せる道具でもあります。似た方向の道具としては、幻を強く思い込ませるソーナルじょうがあります。
ソーナルじょうは飲んだ人の思い込みが強くなり、周囲から見ると不思議な状態になります。ドリームマッチはそこまで体を動かすわけではありませんが、炎の中に心や願望を映します。思い込みを現実のように感じさせる道具と、心の中の像を炎へ映す道具。どちらも、人間の内面を外へ引っ張り出す点で共通しています。
夢や幻という点では、立ちユメぼうや気ままに夢見る機とも近いところがあります。ただ、ドリームマッチはマッチ一本ごとの短い効果です。長く夢を楽しむ道具ではなく、火が燃えるわずかな時間だけ心の像を見る道具です。その短さが、かえって印象を強くしています。
夢や仮想体験を整える道具としてグッスリまくらのように睡眠から入るアプローチもあります。ドリームマッチは睡眠とは無関係に起きたまま幻を見られる点が独自です。マッチという古い道具の形をしているのも、この話に合っています。22世紀の道具なのに、見た目は昔ながらのマッチです。火をつけると幻が現れ、燃え尽きると消える。道具の形そのものが、童話の世界観と自然につながっています。
心をのぞくことの危うさ
相手の考えていることを見られる道具は便利ですが、当然ながら危険でもあります。本人が口にしていない考えを勝手に見ることになるため、使い方によってはかなり失礼です。心の声を聞く道具なら心の声スピーカーのような方向性もありますが、ドリームマッチは映像として願望が出るぶん、より直感的です。
一方で、相手の本当の気持ちを知ることで優しさに気づける場合もあります。パパの目覚まし時計の場面はまさにそれです。のびたが期待したものとは違っても、そこにはパパなりの思いやりがあります。ドリームマッチは、心を暴く道具であると同時に、普段は言わない優しさが見える道具でもあります。
また、ゆめグラスのように夢の中をのぞく道具と比べると、ドリームマッチは起きている相手の心を読む点が異なります。相手が意識的に整えていない思考がそのまま出てしまうという点で、どちらも扱いに慎重さが必要です。
炎の中だけに現れる短い幻。のびたとドラえもんが寒い家の前で幻に頼る場面にも、童話の寂しさが少し重なります。笑いのある短編なのに、どこか切ない空気があるのはこの道具ならではです。
心を映す道具なのに、形はただのマッチ。そこにドラえもんらしい意外性があります。小さな火の中に大きな物語が宿る道具です。





