これは夢か現実か?それを確かめてくれる親切なひみつ道具が「ゆめたしかめ機」です。
つねることならお任せを
ガルタイトの連中に襲われて危機一髪ののびたとロップルくんたち。ところが重力の違いからのびたとドラえもんはまるでスーパーマンのように軽々と敵を倒してしまいます。なかなか現実を信じられないのびたに対し、ドラえもんはゆめたしかめ機でほっぺたをつねり、これが本当の出来事であることを伝えるのでした。
うたぐり深い性格 大長編のびたの宇宙開拓史P93:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
滑稽なひみつ道具
役に立つのかどうかわからないひみつ道具の1つに数えられるゆめたしかめ機。キャタピラに手がつき、対象者の体の一部をつねってひっぱって痛みを与え、夢か現実か確認することができます。
そんなもの自分の手でやればいいのでは…と感じるかもしれませんね。
実際、夢か現実かを確かめる方法として、自分でほっぺをつねるというのは昔からよく使われる手段です。それをわざわざ道具にしているというのが、ゆめたしかめ機の面白さでもあります。22世紀の技術で作られたはずなのに、確認方法はアナログそのものという点に、ひみつ道具の中でも独特のユーモアがあります。
ただ、自分でつねる場合はどうしても手加減してしまいます。夢かどうかを確かめたいほど動揺している時、人は都合のいい方に考えがちです。「これは夢であってほしい」と思えば痛みを弱く済ませてしまうかもしれませんし、「これは現実だ」と思い込みたければ少しの刺激でも納得してしまうかもしれません。ゆめたしかめ機はその迷いを無視して、機械的につねってくるところに意味があります。
つまりこの道具は、単に痛みを与える装置ではなく、本人の願望や思い込みを切り離して判定するための第三者役なのです。のびたのように疑い深く、しかも都合の悪いことから逃げたい気持ちが強い人物には、こうした外部からの確認装置が必要だったのでしょう。
ドラえもんの世界では、気ままに夢見る機のように自分で夢を選んで見られる道具や、ゆめグラスのように他人の夢をのぞける道具など、夢に関する高度な技術がたくさんあります。その一方で、夢か現実かを確かめる道具が機械的につねるだけというのは、かえって際立っています。どんなに技術が発達しても、痛みによる覚醒という原始的な確認方法が有効であり続けるということかもしれません。
登場はたったの2回のみ
ゆめたしかめ機は宇宙開拓史と南海大冒険の2回のみ登場するひみつ道具で、実はけっこうレアな部類に入ります。
南海大冒険ではリヴァイアサンの胃の中から攻撃するために役立ち、ドラえもんたちの危機を救いました。
登場回数が少ないにもかかわらず印象に残るのは、使われる場面がどちらも大長編らしい非日常だからです。宇宙開拓史では重力の違いによって自分たちが信じられないほど強くなり、南海大冒険では巨大な存在の内部という、これまた現実感の薄い状況に放り込まれます。普通の町内では不要でも、冒険のスケールが大きくなるほど「これは本当に起きているのか?」という疑いが出てくるわけです。
ドラえもんの道具には、空を飛ぶ、時間を移動する、物を増やすといった派手な効果を持つものが多いですが、ゆめたしかめ機はその逆で、起きている出来事を確認するための道具です。冒険が荒唐無稽になればなるほど、足元を現実につなぎ止める役割が必要になる。その意味では、大長編の中でこそ光る道具といえます。
かなり強力なパワー
ゆめたしかめ機はつねる力も引っ張る力も強力です。
ケガしなければいいのだが・・・ 大長編のびたの宇宙開拓史P94:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
のびたの顔が大きく変形していることがわかりますね。のびたは普段からジャイアンに殴られ慣れているといいますか、顔がボコボコになることに慣れているためか平気だったのかもしれません。
普通の人がこのレベルでつねられると痛みで失神してしまうでしょう。夢じゃないことを確認したのに、痛みで気絶してしまったら元も子もありません。
のびたが普段の力関係でジャイアンに何度も痛みに鍛えられてきた結果、ゆめたしかめ機の威力にも耐えられたという見方もできます。日常のダメージが宇宙での局面で役立つというのは、なんとも皮肉な話です。
夢か現実かを確かめるという行為自体は、ドラえもんの世界で夢に関する道具が多い理由とも関係しています。うつつまくらのように夢と現実が入れ替わる道具や、立ちユメぼうのように現実を夢のように体験させる道具があれば、どちらが本物かわからなくなる状況が生まれます。そういった混乱を解消する役割として、ゆめたしかめ機は地味ながら重要な位置にあります。
大長編という舞台で登場することが多いのも、この道具の特性と関係しているかもしれません。日常の短編では夢か現実かで迷う状況がそれほど生じませんが、宇宙や南海という非日常の冒険では、信じられないことが起きる場面が多くなります。そういう局面でこそ、現実を確かめる道具の出番があるのです。
グッスリまくらで眠りに入り、夢はしごで夢の中へ移動し、夢の冒険を終えてから現実に戻ってきた時にゆめたしかめ機でここが本物の現実だと確認する。そういう流れで考えると、夢に関する道具の中でも出口に近い存在です。どれほど夢の技術が発達しても、最終的には痛みで確かめるしかないというのが、この道具の静かなユーモアです。
役に立つのかどうかわからないと言いましたが、宇宙や海の底という極限状況では確かに機能しています。つねって引っ張るだけの道具が命がけの場面で仕事をする。そこにゆめたしかめ機の不思議な存在感があります。
夢を疑うのびたらしさ
のびたが現実を信じられなくなる場面には、彼らしい弱さと想像力が同時に出ています。普段は失敗が多く、ジャイアンにやられ、先生に叱られることも多いのびたにとって、自分が敵を軽々と倒す状況は信じがたい出来事です。だからこそ「これは夢ではないか」と疑うのは自然です。
しかし、その疑い深さは悪いことばかりではありません。信じられない状況で立ち止まり、確認しようとする姿勢は、冒険の中では大切です。ドラえもんがすぐにゆめたしかめ機を出したのも、のびたの不安を笑って片づけるのではなく、現実だと納得させる必要があったからでしょう。
夢か現実かを確かめるという行為は、ドラえもんの夢系道具全体を見ても重要なテーマです。夢を楽しむ道具がある一方で、夢に逃げ込みすぎると現実を見失います。ゆめたしかめ機は、夢の世界へ広がっていくドラえもんの想像力に対して、最後に「ここは現実だ」と引き戻してくれる道具なのです。
また、確認方法が痛みである点も見逃せません。夢の中でも感覚があるように思えることはありますが、ゆめたしかめ機の痛みはのびたの顔を大きく変形させるほど強烈です。ここまで容赦なく現実を突きつけられれば、疑う余地はほとんどありません。優しい言葉で説明するより、強引につねる方が早いというところに、ドラえもんの道具らしい乱暴な合理性があります。
とはいえ、日常で気軽に使いたい道具ではありません。寝ぼけている人に使えば怒られそうですし、冗談で使うには痛すぎます。だからこそ、ゆめたしかめ機は普段使いの便利グッズではなく、信じがたい冒険の中でだけ真価を発揮する確認装置なのだと思います。




