あらかじめ予定していた行動を対象人物にとらせることができるひみつ道具が人間プログラミングほくろです。ほくろを貼り付けた人は、設定した通りに眠りながらでも動いてしまいます。
なんでもプログラミング
スネ夫の家でプログラミングされたロボットを見たのび太は、プログラミングに興味津々。人をプログラムで動かせる人間プログラミングほくろを使ってラクしようと計画します。
新しいものに興味津々 ドラえもんプラス2巻「人間プログラミングほくろ」P155:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
ところがほくろを付け間違えてしまい、寝ているうちに用事が終わったのはいいものの当初の計画とは違った内容になってしまったのでした。
寝ていても会話はできるようだ ドラえもんプラス2巻「人間プログラミングほくろ」P158:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
寝ているうちに仕事をします
人間プログラミングほくろを使うと、あらかじめ吹き込んでおいた行動を寝ているうちにやってくれます。寝ながら動くので非常に効率的で、自分が意識していないところで用事が終わっているというわけです。
これは宿題をやるロボットのように誰かに代わりにやってもらう発想とは異なり、自分自身が寝ながら動くという点がユニークです。意識はないのに体は動いているというのは、ある意味夢遊病のような状態といえますが、それが完全にコントロールされているところが22世紀の技術の凄さです。
眠っている間に用事が終わるというのは、のび太にとって理想のように見えます。起きている時間は遊び、寝ている時間に雑用を済ませることができれば、1日を二重に使えるからです。しかし体を動かしているのは自分自身なので、完全な代行とはいえません。意識は休んでいても、体は休んでいないのです。
この点が、人間プログラミングほくろのいちばん怖いところです。宿題をロボットに任せる場合、少なくとも自分の体力は減りません。ところがこの道具では、起きた時に疲労だけが残る可能性があります。楽をしたつもりが、翌日の自分に負債を回しているだけかもしれないのです。
命令はほくろ1つにつき1つ
ほくろにプログラミングできる内容は1つだけ。用事がたくさんあるのであればその数だけほくろを用意しましょう。
あらかじめ日記やスケジュールどけいのように予定を管理するひみつ道具は複数ありますが、人間プログラミングほくろはそれらとは根本的に異なります。予定を管理するだけでなく、体を強制的に動かしてしまうという点で、より積極的な自己管理ツールといえます。
寝ながら疲れる不思議
寝ていても長距離を歩き回ったり運動をすると疲れるようで、寝ても寝ても体力が回復しないというおかしな現象が起こります。
起きた時の疲労感が心配である ドラえもんプラス2巻「人間プログラミングほくろ」P158:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
あまり繰り返し人間プログラミングほくろを使い続けると体調を崩す恐れがありますね。
さらに、寝ている間の行動は本人の判断が入りません。道に迷ったり、危ない場所へ行ったり、予定外の人に話しかけられたりした時、プログラムされた命令だけで適切に対応できるとは限らないでしょう。寝ながら会話できる描写はありますが、その受け答えがどこまで自然なのかも不安です。
プログラミング系のひみつ道具
あらかじめ決めておいた行動を自動的に行うひみつ道具はたくさんあります。
こういうひみつ道具を効果的に組み合わせることで、24時間を有効的に使えます。ドラえもんも積極的に使っていければいいのですが、一度出したら満足してしまうようで、その後登場しないものばかりです。
プログラミング教育との接点
現代の学校教育ではプログラミングが必修化され、子どもたちがコンピューターを使った思考を学んでいます。人間プログラミングほくろはまさにその発想を人間に適用したもので、コミック的には笑えるシチュエーションを生み出しつつも、プログラミングとはどういうものかを直感的に示しています。
ロボットをプログラムで動かすスネ夫を見てのび太が興味を持ったように、ドラえもんのエピソードは子どもたちが新しい技術や概念に触れるきっかけになっています。人間プログラミングほくろは、楽をしたいというのび太の欲求と、プログラミングという概念を組み合わせた、藤子F不二雄先生らしい発想の道具です。
命令の書き方が結果を左右する
プログラミングでは、命令があいまいだと思った通りに動きません。人間プログラミングほくろも同じで、「何を」「どの順番で」「どこまで」実行するのかをきちんと決めなければ、予想外の結果になります。のび太が失敗するのは、道具が悪いというより、命令を扱う側の準備不足が大きいのでしょう。
現代のプログラミング教育でも、コンピューターに正確な手順を伝えることの難しさを学びます。人間プログラミングほくろは、その学びを極端な形で見せてくれる道具です。自分では分かっているつもりでも、命令として書き出すと抜けや矛盾が見えてくる。そこがプログラミング的思考の面白さです。
自己管理道具としてはかなり危険
もしこの道具を真面目に使うなら、朝の支度や部屋の片付け、軽い運動など、失敗しても被害が小さい行動から試すべきでしょう。いきなり外出や買い物、人との約束に使うのは危険です。寝ている本人に責任能力があるのかという問題もありますし、周囲から見ればかなり不気味に映ります。
それでも、決めたことを実行できない人にとっては魅力的な道具です。やる気に頼らず体を動かせるという意味では、究極の習慣化ツールともいえます。ただし、習慣は本来自分の意識と体が少しずつ慣れていくものです。人間プログラミングほくろで強制的に動かすだけでは、本当の意味で成長できるのかは疑問が残ります。
便利だけど自分を失いやすい
人間プログラミングほくろは、自分自身を道具のように動かせる点が最大の特徴です。これは効率化としては魅力的ですが、同時に「自分の意思で行動する」という感覚を薄くしてしまう危険があります。用事が終わっていても、その過程を覚えていなければ達成感は得にくいでしょう。
のび太がこの道具に惹かれるのは、面倒なことを意識せず終わらせたいからです。しかし、本来なら失敗したり、工夫したり、少しずつ慣れたりする中で成長するはずの経験も飛ばしてしまいます。楽をしたい気持ちはよく分かりますが、何でも寝ている間に済ませる生活は、少し味気ないかもしれません。
命令する側の責任
ほくろに吹き込む命令が間違っていれば、実行結果も間違います。これはコンピューターのプログラムと同じです。思い込みや省略があると、人間の体はその不完全な指示に従って動いてしまいます。人間をプログラムするということは、それだけ命令する側に責任が生まれるということです。
もし他人に貼り付けて使えるなら、さらに問題は大きくなります。本人の意思に反して行動させることができるなら、かなり危険な道具です。ドラえもんのエピソードではギャグとして描かれますが、自由意思をどう扱うかという重いテーマも含んでいます。
のび太の失敗は笑えますが、同時に「楽をするための技術をどこまで使うか」という問いにもつながります。便利な自動化は生活を助けますが、自分で考える機会までなくしてしまうと成長しにくくなります。人間プログラミングほくろは、効率化の夢と危うさを一つのほくろに詰め込んだ道具です。





