自動しかえしレーダーは、ペンシルミサイルに取り付けて使う装置で、飛来物を感知すると自動的に発射元へ向かってミサイルを撃ち返すひみつ道具です。防御的な仕組みでありながら、攻撃の連鎖を生み出す危険な両刃の剣でもあります。使う状況を誤ると、守るはずの道具が最大の脅威になってしまいます。コミックプラス5巻ペンシルミサイルと自動しかえしレーダーに登場し、同話のペンシルミサイルと合わせて使われる、セット的な位置づけの道具です。
あやうくミサイル合戦に?
ジャイアンとスネ夫にいじめられた仕返しにペンシルミサイルを使うのび太。最初はうまくいっていましたが、スネ夫にミサイルの存在がバレてしまい、スネ夫も同じミサイルを手に入れたことでお互いがミサイル保有者同士になってしまいます。
のび太はさらに自動しかえしレーダーをミサイルに取り付けていました。スネ夫がミサイルを撃ってきても自動的に撃ち返せるという算段です。しかしこのレーダーが近くで行われていた野球のボールに誤反応してしまい、大量のミサイルが自分たちに向かって一斉に降り注ぐ最悪の事態を招いてしまったのです。
仕返しのための道具を重ねれば重ねるほど危機が大きくなっていくという、ドラえもんらしい皮肉の利いた展開です。そもそも最初からチャンピオングローブを使っていれば、こんな事態にはならなかったわけですが、面倒くさがりののび太の選択が招いた結果です。チャンピオングローブ一択で解決できたはずの問題が、ペンシルミサイルの導入によって複雑化し、さらに自動しかえしレーダーの取り付けによって制御不能になっていくという経緯は、問題を道具で解決しようとするたびにかえって悪化させるのび太の悪循環をよく表しています。
4人は無事だろうか……? 出典:ドラえもんプラス5巻「ペンシルミサイルと自動しかえしレーダー」P163:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
破壊を生み出す結果に
自動しかえしレーダーはペンシルミサイルに取り付けるレーダーで、ミサイル近くに飛来物があると感知し、その飛来元にミサイルを自動発射するための装置です。スネ夫がミサイルを打ち込んできた時に手動で対応しなくても、自動的に反撃してくれるという、のび太にとって理想的な仕組みに見えました。
ドラえもんがこの装置を選んだのも、お互いのミサイル合戦を自動的に抑止できると考えたからでしょう。しかし実際には、飛来するものすべてに反応するという設計上の問題が致命的でした。野球のボール、鳥、風で飛んだ紙など、ミサイル以外のものにも容赦なく反応して撃ち返してしまうのです。識別精度が低いのか、それとも設計上の限界なのかは不明ですが、少なくとも飛来物なら何でも反撃するという仕様であることは確かです。攻撃を感知して自動反撃するという概念は理想的でも、その精度が担保されなければ使い物にならないどころか害になります。
セットしておくだけで自動反撃してくれる安心感がある一方、何に反応するかを細かく設定できないという欠点が致命的な問題として浮上します。住宅街の近くで使うには危険すぎる道具であり、実際、誤爆が引き起こした被害はのび太たち自身に降りかかりました。安全を求めて取り付けた装置が、最も安全を脅かす存在になってしまったわけです。敵の攻撃から守るための装置が、誤認識によって味方に被害を与えるという状況は、軍事の世界でもしばしば問題になるフレンドリーファイアと本質的に変わりません。22世紀の道具であっても、こうした識別ミスが起きるという設定は、技術への過信を戒める意味でも示唆的です。
愚かな現代社会の鏡
お互いがお互いを兵器で脅し合う構図は、まるで戦争を続ける愚かな世界の縮図です。武力をちらつかせて意地を張り続ける限り、どちらにも幸せな未来は待っていません。のび太とスネ夫の小さなケンカが、いつの間にかミサイル合戦という取り返しのつかない状況に発展してしまう過程は、エスカレーションの恐ろしさをコミカルに描いています。
あまりにも愚かな対立 出典:ドラえもんプラス5巻「ペンシルミサイルと自動しかえしレーダー」P162:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄
藤子先生はこのストーリーを通して人間のおろかさを伝えたかったのかもしれません。相手が武器を持ったから自分も持つ、自分が武器を持ったから相手も持つ、という連鎖が止まらなくなる構造は、現実世界の軍拡競争と同じです。子供向けのコミックでありながら、そのメッセージは大人が読んでも十分に重く響きます。のび太とスネ夫のケンカという小さなスケールで描かれているからこそ、その構造のおかしさがよりはっきりと見えます。どちらも傷つきたくない、痛い思いをしたくないという気持ちから始まり、最終的にどちらも傷つく結果を招いてしまう、この皮肉こそがこのエピソードの核心です。
同様のテーマは他の話にも見られます。空気ピストルを使った話でも、のび太が力を手に入れることで傲慢になり、しっぺ返しを受けるパターンが繰り返されています。パンチ銃の話も同様で、攻撃的な道具を持つことが問題解決にならないというメッセージは、藤子作品全体を通じた一貫したテーマといえます。
大長編でも見られる自動報復システム
大長編4巻のび太の海底鬼岩城では、バミューダトライアングルの海底に存在する自動報復システム(通称:ポセイドン)が物語の核心として登場します。世界を虫1匹、草1本残らない荒野に変えてしまう無数の鬼角弾を発射する装置で、海底国が滅んでもシステムだけは残り続け、いつまでも発射に備えているという恐ろしい設定です。誰も動かさなくても動き続け、誰も止めようとしなくても止まらないという自動システムの怖さが、この大長編の最大のテーマのひとつになっています。自動しかえしレーダーとポセイドンは、小学生向けコミックと大長編映画という形の違いはあれど、同じ問いを読者に投げかけています。
自動しかえしレーダーとポセイドンは規模こそ違いますが、攻撃されたら自動で反撃するという仕組みは本質的に同じです。どちらも人間の意思が介在しないまま動き続け、暴走する可能性を持っています。自動化された報復システムの怖さは、それを止められる人間がいなくなっても動き続けることにあります。自動しかえしレーダーの場合、のび太とスネ夫が仲直りしてもレーダーは飛来物に反応し続けるわけで、道具を管理する責任の重さを感じさせます。
コミックプラス5巻には、この自動しかえしレーダー以外にもチャンピオングローブや強力ウルトラスーパーデラックス錠など、のび太が強さを求めて手を出した道具が複数登場します。それぞれの結末が示す力に頼ることの限界というテーマは、今読んでも色あせません。力を持てば持つほど問題が大きくなるという構造を、藤子先生は一本の話の中で巧みに積み重ねています。
自動しかえしレーダーが象徴するのは、自動化された報復の危うさです。人間が判断を介在させず、機械に任せてしまうことの危険性は現代社会にも通じるテーマです。ドローンや自律兵器システムが現実に存在する今、このコミックが数十年前に描いたメッセージは、むしろ時代が追いついてきたと感じさせます。ひみつ道具の紹介コミックでありながら、こうした深いテーマを自然に盛り込んでいる点が、藤子作品が長く読み継がれる理由のひとつなのかもしれません。




