正義のパトカー

悪は絶対ゆるさない。そんな強烈な意志を持った自動車型のひみつ道具が、正義のパトカーです。正義に反する行為を見かけると車の上部から棒が伸び、問答無用で相手を打ちのめすという、見ているだけで恐ろしくなる道具です。

ジャイアンを懲らしめるはずだったのに

乱暴なジャイアンをどうにかするため、ドラえもんが渋々取り出したのが正義のパトカーです。ちょっとした悪事や規則違反も見逃さず、見つけたらバシバシ撃ってくる恐怖の道具です。コミックでの登場はドラえもんプラス3巻。ジャイアンにヤキを入れてやろうという作戦で使いはじめるのですが、正義のパトカーは次第にエスカレートし、たんなる挨拶をしない、痰をつくなど日常のマナー違反程度でもびたを標的にしはじめます。

正義のパトカー
ジャイアンでも敵わない

ドラえもんプラス3巻「正義のパトカー」P97:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

果たしてのびたは正義のパトカーから逃げることができるのか。のびたが必死に逃げ回る姿は笑えますが、よく考えると自分たちが出した道具に追われるという展開は、ドラえもんの道具エピソードとして実によくできた構造です。

正義のパトカー
かなり厳しい態度の正義のパトカー

ドラえもんプラス3巻「正義のパトカー」P98:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

暴力あるのみ

正義のパトカーは正義に反するシーンを見かけると車の上部から棒がニュッと生え、相手を打ち倒します。一見すると弱いものの味方のように聞こえますが、ルールやマナー違反も誰彼構わず取り締まる融通の効かない一面があり、のびたもドラえもんも困り果ててしまうのです。

面白いのは、正義のパトカーが処罰の基準として使うのが、法律やルールだけではないという点です。たんなる挨拶をしない程度のマナー違反でも、容赦なく棒が飛んでくる。あまりにも厳格すぎて、現代の社会に置いたら多くの人が一日中撃たれ続けることになりそうです。コミックではのびたが逃げ回るシーンが描かれていますが、正義の定義があいまいなまま動く道具の怖さがよく出ています。のびたからすれば、凶暴なジャイアンよりも正義のパトカーの方がよほど恐ろしい存在だったでしょう。

また、このエピソードで注目したいのはドラえもんの関わり方です。ジャイアンを懲らしめようという動機は理解できますが、制御できない道具を出してしまうというのは、ドラえもんにとっても誤算だったはずです。渋々出したという描写が示すように、最初から完全に信頼していたわけではなかったのかもしれません。それでも使わざるを得なかった状況が、のびたのために真剣に動こうとするドラえもんの姿を見せてくれるエピソードでもあります。

止めるには壊すしかない

このひみつ道具の欠点は、なんといっても一度取り出したら二度と止められず、壊れるまで動き続ける点です。

正義のパトカー
さらりとすごいことを言う

ドラえもんプラス3巻「正義のパトカー」P97:小学館てんとう虫コミックス藤子F不二雄

最終的にはジャイアンが正義のパトカーを壊したことで、本来乱暴者あつかいされていたジャイアンが正義の味方とあがめられるオチを迎えるのですが、あきらかにこれは道具の欠陥といえるでしょう。停止手段を持たない道具というのは、ドラえもんのひみつ道具の中でも特に扱いが難しい部類に入ります。ドラえもんが渋々出したというのも、最初からリスクを理解していたからかもしれません。

止めるには壊すしかないという設計は、現実の装置として考えてみると相当に危険です。誤作動したり、基準がズレてしまったりした場合でも修正ができない。自分でスイッチをオフにできない道具というのは、使い始めた瞬間から制御を手放すことを意味しています。宿題をやるロボットのように決まった仕事をこなすロボット型の道具と比べると、自律的に標的を選んで攻撃するという点で、正義のパトカーは次元が違う危うさを持っています。

生きづらい世の中になる

暴力やいじめは正義のパトカーに取り締まってほしいところですが、日常のちょっとした痰や挨拶のしない程度のマナーに反することまで処罰の対象になってしまうのは辛いところ。常にパトカーの姿におびえ、息苦しい生活になってしまうことでしょう。

これはドラえもんのひみつ道具のよく見られるパターンで、便利さや強さの裏側に副作用がある道具です。空気ピストルは強力な衝撃を与えられますが、使い所を間違えれば大惨事になりえます。かくれマントとうめいマントも、使い方次第では悪用のリスクがある道具です。正義のパトカーはそういった道具たちとは少し違う方向で問題を抱えていて、最初から善意で作られているにもかかわらず、その厳格すぎる正義感がかえって周囲の平和を乱すというのが皮肉なところです。

もし現実の街に正義のパトカーが走り回っていたら、人々は常にマナーや言動に気を配り続けなければなりません。信号無視、横断歩道での歩きスマホ、電車内での飲食、立ちションなど、取り締まられる行為を一瞬でも取ってしまえば即座に棒が飛んでくる。笑い事ではなく、それはほとんどの人が外出できない世界になってしまいます。ドラえもんの道具の中でこれほど社会に混乱をもたらすポテンシャルを持った道具は珍しく、ある意味でもっとも扱いに困るひみつ道具の一つです。正義を振りかざすことの難しさを、子ども向けコミックの中でこれほどコンパクトに描いているのは、藤子先生のセンスの賜物だといえます。

完全防備だと効かないかも

正義のパトカーは警棒で相手を撃つ仕組みですが、もし相手が防具を装着して打撃をガードする仕組みであれば攻撃が効かない可能性があります。しっかり対策をした犯罪者にどう立ち向かっていくか、見ものですね。コミックの中では実際に防具を使う敵との対決は描かれていませんが、設定として考えるとかなり脆弱な面があります。棒で叩くという原始的な攻撃手段は、力が一定以上あるジャイアンには通じても、防具や武器を使う本物の悪人には対応できない可能性が高い。そう考えると、正義のパトカーは本当の意味での犯罪抑止力としては機能しない可能性があります。あくまでも日常の小さな悪事や無作法を取り締まるのが本来の使い途なのかもしれません。

正義とは何かを問いかける道具

正義のパトカーを深く読むと、正義の定義があいまいなまま権力が行使された時に何が起きるかというテーマが浮かび上がってきます。善意から生まれた取り締まりが、やがて誰も望まない結果を生む。ドラえもんのひみつ道具には現実社会への風刺が込められているものがいくつかありますが、正義のパトカーはその典型的な一本といえます。

月光とうのように相手の行動を変えることで問題を解決する道具や、さいなん報知機のように危機を知らせることに特化した道具とは異なり、正義のパトカーは自ら制裁を加えてしまうという点で特別な存在感があります。正義を守るという目的の道具が、誰かの自由を奪い生活を苦しめるというパラドックスを、コミカルな笑いの中に包んでいる。そういった藤子先生の視点の鋭さを、この道具から感じずにはいられません。

それにしても、ジャイアンを懲らしめるためだけに取り出した道具が、最終的にのびた自身が一番苦しめられるというオチは、ドラえもんの道具エピソードとして完成度が高い。ジャイアンが壊し屋として正義の側に回るという逆転劇も含めて、単純なギャグを超えた構造が詰め込まれているのがドラえもんプラス3巻のこのエピソードの面白さです。正義を実現するために道具を使ったはずが、その道具そのものが新たな問題を生み出していく。これはドラえもんシリーズ全体を貫くひとつのテーマであり、正義のパトカーはそのテーマを鮮明に体現した道具だといえます。短いエピソードの中に、これだけの考えどころが詰まっているのです。

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